若狭小浜について

若狭小浜について


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アクセスは

若狭小浜は

見所
いっぱい


気比神宮・敦賀
大宝2年【702】建立
芭蕉の句でも有名
木造大鳥居は日本三大
大鳥居で国の重要文化財


気比の松原・敦賀
日本三大松原の一つ、
白砂青松の美しい景観は日本の
海水浴場55選に選出


レインボーライン・三方・美浜
三方五湖と日本海を見渡す
11.2㌔のドライブコース・
リフトで山頂に立つと360度
のパノラマが広がります。


三方五湖めぐり・三方・美浜
久々子湖乗り場より菅湖
水月湖、三方湖を巡ります。浦見川水路では両側
から断崖が迫ります。


瓜割の滝・上中
冷たさで割れた瓜の伝説で名づけられた滝
全国名水百選に選ばれています。

熊川宿・上中
若狭と熊川を結ぶ鯖街道の中継地点。
国の重要伝統的建造物群保存地区に選定
資料館、喫茶店あり



蘇洞門めぐり・小浜
遊覧船で日本海の荒波に
削られた奇岩奇洞が続いた
景観が楽しめます。


きのこの森・大飯
特産のきのこをテーマにした公園
きのこに関する資料や陶芸もできる。


暦会館・名田庄
いわれに基づいた古代の暦、
天文器具に関する資料を展示

明通寺・小浜
鎌倉時代の三重の塔と本堂は国宝。

若洲一滴文庫・大飯
当地出身の水上勉が設立した文学施設・竹人形展示や2万冊の図書室あり。

高浜海水浴場・高浜
日本の海水浴場55選に選ばれた和田他
8つの海水浴場が有り夏には賑わいます。

中山寺・高浜
1200年の歴史を持つ馬頭観音、
本堂は国の重要文化財。
京都との県境の青葉山の中腹に位置します。

野鹿の滝・名田庄
落差30mの雄大な滝
資料提供 若狭湾観光連盟

若狭の語り部

〒917-0013
小浜市太良庄52-9
岡村方

古来より若狭国の中心として栄え、数多くの古刹や文化財を残す小浜。
鯖街道を通じて京や奈良の都と文化の交流が盛んな歴史が感じられます。

国宝めぐり
国の重要文化財が点在する古刹を巡るツアー。
小浜市観光協会
℡0770-53-1111

敦賀観光ボランティア

敦賀港駅舎
℡0770-21-0056

日本三大鳥居の気比神宮、日本三大松原の気比の松原、日本で二番目に振るい立石崎灯台があり、おぼろ昆布は全国の85%を生産しています。 敦賀観光案内所
℡0770-21-8686

上中の語り部

上中町観光協会
℡0770-62-1111
歴史と名水の町。熊川宿では昔の町並みが再現されています。 熊川宿
上中町観光協会
℡0770-62-1111

 

三方の語り部 三方町観光協会
℡0770-45-0113
三方五湖と縄文遺跡に恵まれて、多彩なお祭りが有ります。 三方石観音
弘法大師が一夜で作り上げた石観音があり、手足の病気に御利益が有るとされています。
三方町観光協会
℡0770-45-0113

一千年の時をさかのぼる文化を訪ねて


その昔、奈良、京都の人々が若狭小浜に拠点を置き

大陸との交易を行ったとき、

その拠点となったのが寺院でした。

そのせいか、京都、奈良の寺院が仏像、庭、建築など

に特徴があるのに対し、

小浜の寺院は大陸文化の影響を感じられ、

古寺や文化財のなかには国宝、国宝級のものも

多数点在しています。

これからの季節、そんな小浜のお寺めぐりは

いかがでしょう。

心地よい春の空気の中で見る寺の美しさは格別です。

国宝巡りには八つの寺を巡る観光バスが出ています。

是非一度

小浜へ

おいでやす。

これからの季節は

絶品です。



太古の昔、若狭は大陸文化の玄関口として栄えました

国宝めぐり(こくほうめぐり) ~若狭・小浜~ 

 由緒ある寺院が点在し、「海のある奈良」とも呼ばれる福井県小浜には、
約130の国宝・重文の仏閣・仏像が点在しています。

 1年を通して、名刹の寺宝を訪ねる「国宝めぐり」をする観光客があります。

 小浜市内を走る「国宝めぐりのバス」もあり、
ゆっくりとみほとけの里を巡ることができます。


 
羽賀寺 ~小浜市・羽賀~



傾斜の緩やかな長い参道を登りつめると、入母屋造の屋根が美しい本堂(重文)が現れます。鳳凰が飛来し、この地に羽を落としたと言う典雅な伝説があります。女帝元正天王がモデルの十一面観音菩薩(重文)は、艶やかで女性的なその姿は、神秘的な美しさに溢れています。
℡0770-52-4502

 
明通寺 ~小浜市・門前~


杉木立ちの中に堂々とそびえる三重の塔(国宝)[写真]は、日本海側随一と言われています。本堂(国宝)には西遊記の沙悟浄のモデルと言われる木造深沙大将立像(重文)があります。℡0770-57-1355

 
萬徳寺 ~小浜市・金屋~


本尊の阿弥陀如来坐像(重文)は高さ140cm、檜材寄木造素地のままの本造りです。また、円窓中に合掌する弥勒菩薩像(重文)は、鎌倉時代に作られ、その後手を加えられていないのでとても貴重なものです。若狭随一の庭園[写真]では、四季折々の様々な表情を見せてくれます。
℡0770-56-2308

 
多田寺 ~小浜市・多田~


古くから眼病平癒に霊験あらたかと言われ“多田のお薬師さん”として参詣者が絶えません。本堂の薬師如来立像(重文)[写真中央]、十一面観音立像(重文)[写真左]、菩薩立像(重文)[写真右]は穏やかな微笑を浮かべた優しい顔立ちです。
℡0770-56-0894

神宮寺 ~小浜市・神宮寺~


東大寺二月堂への「お水送り」神事が有名な古刹。若狭一宮の神願寺として奈良時代に創建されました。神体山を借背に若狭随一と言われるの本堂(重文)は華麗な姿です。仁王門(北門)(重文)には金剛力士像が安置してあります。
℡0770-56-1911

妙楽寺 ~小浜市・野代~


霊峰多田ヶ岳の渓流に架かる朱塗りの橋を渡ると山門、鐘楼、地蔵堂、薬師寺と若狭最古の本堂(重文)があります。檜の一本造りの本尊千手観音菩薩立像(重文)[写真]は、24面の千手観音として珍しいものです。
℡0770-56-0133

国分寺 ~小浜市・国分~

国分寺跡で、当時の礎石を整備した史跡公園です。木造釈迦如来坐像(重文)は県内最大の巨像で、若狭では珍しい大仏です。上半身の整った美しさと、胸から腹部にわたるふくよかさは人間味豊かである。
℡0770-56-2519

圓照寺 ~小浜市・尾崎~

本堂にある大日如来像(重文)は金色に輝き、重量感に溢れ、木造不動明王立像(重文)の彫刻は見事で迫力があります。また、本堂の西側にある市指定の庭園にはモリアオガエルが生息しています。℡0770-56-1902

『鯖街道』


ここ若狭には京は遠ても、十八里という言葉が残っています。

それだけ京都とのかかわりは深く、身近に感じてきました。

その、若狭小浜と、京を結ぶ道、それが「鯖街道」です。

その道は、単に、鯖などの海の幸を都に運んだだけではありません。

大陸から若狭に伝わった文化を、都へ運び、また、

都からの文化を若狭に招いた道でもありました。

それは、若狭にすぐれた仏教美術が存在することや、

今も受け継がれている、民俗行事などからうかがえます。

鯖街道の起源は極めて古く、

奈良の藤原宮や、平城宮の跡から発掘された、木簡によって

千年以上も前から、塩や米、鯛などの魚介が、

若狭から送り届けられていたことがわかっています。

しかし、鯖街道という言葉は、古文書などには一切記録されず、

近年名付けられた名称であると思われます。

では、なぜ「鯖街道]と呼ばれるようになったのか。

それは、一汐した鯖を若狭の行商達が、野や山を越え、

一昼夜かけて、都へ運んだことによって、ちょうどいい塩加減になり、

それが都で、大変珍重されたからといわれています。

そして、鯖を待ち望む、京の人々の気持が、

いつからか「鯖を運んでくる道=「鯖街道」と名付けたのではないでしょうか。

『いくつもの鯖街道』

現在、鯖街道と呼ばれている道は、いくつか有ります。
最も多く利用された街道が、小浜から上中町熊川を経て朽木谷に入り滋賀県の途中を経由する若狭街道。
また、最短ルートとして、小浜から上根来を通って針畑へ南下する針畑越え。小浜から名田庄村の堀越峠を通る周山街道。
このほかにも今は通行されなくなった、滋賀県や京都府の国境を越える多数の峠道が有ったと知られています。
また、現在は林道として残っている道も有ります。

『塩の効用』


摂取不足から生じる、食欲不振・無気力感・筋肉けいれん・体力低下など防止します.

『その他の利用法』
塩で全身マツサーシ゛=新陳代謝を活発にします。
(塩枕)=    ‥のぽせをおさえ睡眠不足を解消します・

大昔.ここ若狭にも田塩が栄えた時代がありました。
若狭湾に面した岡津(小浜市)地区には、田塩の遺跡が今も残っています。
そこで作られた塩は、鯖街道を通って、京や奈良に運ば
れていました。それは、当時の木簡(受領書)からうかがえます。
そこでは、広大な土地に海草敷き並べ、海水をそそいでは
乾燥させる作業を繰り返し行う方法や、土器に海水をそそぎ熱する作業を繰り返し行う方法で、塩を作っていたと考えられます.
そのように作られた塩や、岩塩から作られた塩を「天然のあら塩」といいます。
「天然のあら塩」は、食塩の主成分(塩化ナトリウム)だけでなく爽雑物(ニガリ)を適量に含む為、食塩特有の丸味や、コクが生まれます。
しかし、手間もかかり、コストも高い為日常に用いる事が少なくなってきました。
現在よく使われているのは、塩化ナトリウムが99%以上となっています。

『若狭街道と熊川宿』

鯖街道のメインルートである若狭街道
その拠点として繁栄した熊川が、今年春、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。

熊川の本格的な発展は、天正十五年、豊臣秀吉に若狭を与えられた、浅野長吉が自ら熊川を
視察し、軍事上、交通上重要な地域として認め同十七年、諸役免除の判物を発行して、宿駅
して定め、商家を集め、町奉行を置くなどして小浜で揚がった海の幸などの中継地となったことに始まります。
今も旧街道沿いには、往時をしのぱせる、江戸末期や明治初期の商家や民家が軒を連ねてい
ます。
二階の天井が低い「厨子二階」の造りや、窓に格子のある「虫籠窓」など。また、かぎ形に曲がった通りの「まがり」など、かっての通りの面影を今日に伝えています。


そして、それはこれからも、先祖の遺産として大切に守りつづけられることでしう。
鯖街道については、現在も研究が続けられています。


若狭、小浜 鯖街道

京都へ魚を運び、大陸文化をも京都へ運んだ鯖街道。今も往来が激しい山道です。

若狭街道
鯖の道。


若狭で獲れた魚貝類や物資が京都へ、京都から都文化が小浜へと運ばれた道が若狭街道です。

物資の中でも特に鯖が多かったことから、その道を鯖街道と呼ぶようになったといわれます。
現在なら車で1時間余りですが、当時は人が背負いかごをかついで山間の道を歩いたのですから、さぞ大変だったでしょう。

しかしその距離を小浜の浜辺で獲れた鯖にひと塩し、夜を徹して京都へ運ぶと、ついたころには最も良い塩加減になっていたのだとか。

小浜が「御食国」として名を馳せたのは、この“鯖の道”があったからでもあるのです。

古来より脂の乗った春鯖は鯖街道を

通じて京の都へ人の背中に揺られて

一夜かけて届けられ、丁度頃合いに

塩の効いた鯖は貴重な蛋白源として

珍重されました。

現在は”バッテラ”として味わう事が

出来ます

若狭湾で採れました魚は”若狭物”

といわれ京都では現在も高級品

の代名詞になっております。

この鯖を姿のまま串刺しにして

躍らせて焼いたものが”濱焼き鯖

生姜醤油で召し上がると鯖の美味

しさが一段と引き立ち大変喜ばれ

る逸品です。

この鯖を薄塩をして
無農薬米から静置醗酵にて時間をかけた米酢と
無農薬の柚の香を載せて昆布で締めたもの

これが若狭のしめ鯖です。

切身にはして御座いませんのでお好みに合わせてお願い致します。

通のこだわり・鯖のへしこ

脂ののった大鯖をしっかり汐をして半年糠を挟んで半年以上。若狭の気候と時が旨味を育みます。通にとっては出来あがりが待ち遠しい逸品。

夏の暑さが更に旨味を増強、涼しくなってからが取出します。

細かく切って焼いての御茶漬けは、胃袋を底無しにしてしまうほどの美味しさ。

生のまま薄くスライスして、レモンをかけて頂く、へしこの刺身にはきりっと冷えた日本酒が最高。

鯖のへしこを塩抜きをし
、御飯と麹を詰めて更に時をかけて熟成、乳酸醗酵が骨まで柔らかくしたら出来あがり。

お正月には欠かせない逸品。

鯖の馴れ寿司は鮒寿司やはたはた寿司、鮭の麹漬、今のお寿司の大元なのです。

そのままスライスしてお酒の肴や御飯のおかずに。

炙って頂くと素晴らしくこおばしく絶品。


普通のレンヂで3分

ほかほかの湯気が
香を運びます。

美味しさは後から
じっくりと口に広がります。

鯖の香草蒸・味噌焼き

 





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